ポリマー電解質で全固体化
(3)の350Wh/kgの全固体Li-SPAN電池は、電解質に大阪ソーダ製の「ポリエチレンオキサイド(PEO)」と呼ばれる30μm厚のポリマーフィルムを用いて作製したとする。充放電サイクル寿命はまだ50サイクルまでしか計測していないが、50サイクル後の容量維持率は98.59%(図3)。計算上は1250サイクル超回ることになる。
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図3 全固体Li-SPAN電池は1250サイクル回る見通しに
ポリマー電解質を用いた350Wh/kgの全固体Li-SPANセル(左)。初期容量は355Wh/kgで50サイクル後は350Wh/kgだとする。データは50サイクル分だが、外挿すると1250サイクル回る計算になる(右)(出所:ADEKA)
ちなみに、PEOはポリマー電解質としてしばしば全固体電池に用いられる材料である。例えば、フランスなどでEVを用いたカーシェアリングサービスに用いられていたフランスBlue Solutions製の全固体Li金属ポリマー電池(LMP)も、電解質にPEOを採用している。
PEOの課題は、温度をある程度高めないとイオン伝導率が実用水準に高まらない点だ。ADEKAのこの全固体Li-SPAN電池もセ氏80度で充放電サイクル寿命を測定した。「温度を高めないといけないのは課題ではあるが、温度が高くて液系の電池が使えないケースでは、むしろ強みになる」(撹上氏)。
集電体をレーザー加工
もう1つ、この全固体Li-SPAN電池では、容量を増やす工夫として正極集電体に正極材をやや厚塗りする方針を採った。
ただし、一般的なアルミニウム(Al)箔の集電体に厚塗りするとかえって、容量密度が半分近くに低下してしまう課題があった(図4)。
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図4 正極集電体にレーザー加工で多数の孔を開けた
正極材を厚塗りするため、正極集電体にレーザー加工で多数の孔を開けた。これで、容量密度が厚塗りしても低下しなくなった(出所:ADEKA)
ここで、ワイヤード(新潟県三条市)がレーザー加工かつロール・ツー・ロール(R2R)で、直径0.8mmの孔を多数開けたAl箔を集電体にし、正極材を反対側から真空で吸引しながら塗ると、容量密度を維持したまま厚塗りできたとする。
ドローンで19分間の飛行に成功
(4)のマイクロドローンの飛行実験では、電池メーカーの、うるたまが電池セルや電池パックの作製に協力した。
ADEKA単独で試作したLi-SPAN電池セルは、充放電サイクル特性などの測定時に、膨張を抑える治具が必要になるが、ADEKAとうるたま(川崎市)が共同で作製したセルや電池パックは治具を必要としないという。その理由については今回は明かしていない。
試作した液系Li-SPAN電池セルの重量エネルギー密度は最大370Wh/kg。それを6セル用いた電池パックは同315Wh/kgで、電池パックとしては世界最高水準だとする。
ただし、マイクロドローンの飛行には、充放電特性を高めた一方でエネルギー密度は300Wh/kg弱の電池パックを用いた(図5)。飛行継続時間は19分19秒89だったとする。
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図5 ドローンに搭載して19分飛行を確認
ADEKAがうるたまと共同で作製した電池パック(左)。6セルをまとめている。電池パックとしては非常に重量エネルギー密度が高いが、厚みがかなりあるのは、SPANの体積密度が低く、体積エネルギー密度は高くないからだという。実際に飛行させたときの様子(右)。19分19秒89間飛行した(出所:ADEKA)。
ほぼ同サイズの市販のLiポリマー電池(120Wh/kg)で試したところ飛行継続時間は約10分48秒で、Li-SPAN電池はその2倍近く長く飛べたことになった。計算上の平均放電レートは約3Cとなる。
長寿命になる理由の一部を解明
次に(5)の、Li-SPAN電池が他のLi-S電池に比べてはるかに長寿命である理由も、一部解明できたという。
これまで、Li-SPAN電池が長寿命なのは、SPANの構造に、Sと炭素原子Cの共有結合、S-C結合があるからだと考えられてきた(図6)。このおかげで、Sが遊離せず、副反応生成物である多硫化リチウム(Li2Sx)が発生しにくいというわけだ。ただし、この理論ではSPANが高容量になることをうまく説明できない。
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図6 SPANの推定構造
(出所:日経クロステック)
ところが、TEM(透過型電子顕微鏡)で放電状態のSPANを観察すると、Li2Sの微結晶が多数析出していることが分かった。これは、上述の「S-C結合説」が成り立っていないことを示すという。
何が起こっているか確かめるため、Li2S4を溶解・分散させた容器をSPAN正極を含む溶液と活性炭を含む溶液中に注いでみたという(図7)。Li2S4溶液には特有の色がついている。
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図7 多硫化リチウムを活性炭よりも強く吸着
多硫化リチウム(Li2Sx)の吸着試験(左)。SPANは活性炭よりも強くLi2Sxを吸着することが分かった。SPANに含まれる窒素原子(N)を他の元素に置換した場合も含め、密度汎関数理論(DFT)に基づく第1原理計算で調べても、SPANが最も吸着性が高いことが確認できたとする(右)。Association Energy(会合エネルギー)は、吸着した場合と吸着していない場合のエネルギー差を示す(出所:ADEKA)
すると、SPANと活性炭は共にLi2S4を吸着したが、特にSPANの吸着率が高く、溶液がより無色透明に近づいた。
ベンゼン環中の窒素がSPANを吸着
SPANは、ベンゼン環の炭素原子(C)1個を窒素原子Nに置き換えたものが骨格になっている。このNを、Sや酸素原子(O)に置き換えたり、置換せずにベンゼン環のままにしたりと、SPANを含む4種類の高分子でLi2Sxに対する吸着性を調べたところ、Nの場合だけが、Li2Sxを強く吸着することが計算でも分かったという。
つまり、SPAN正極でも充放電を繰り返すと、S-C結合の一部が切れてLi2Sxが発生するが、それがSPANのN原子付近に吸着されることで溶液中には流出しないことが分かったとする。しかもこのLi2Sxは充電の際には減っていく、可逆的な現象だという。
450Wh/kgのセルに釘を刺してもセ氏40度未満
最後の(6)の釘刺し試験は昨年も実施したが、今回はより高い重量エネルギー密度の450Wh/kgのセルでもあらためて実施したという。
大気下で釘刺し試験をしても、温度はセ氏40度未満で、発火も発煙もしなかった。一方、既存の三元系正極(NCMやNCA)の電池では、セ氏700度前後にまで温度が上がった。
一般に比較的安全とされるリン酸鉄リチウム(LFP)系電池でも、釘刺し試験ではセ氏約400度まで温度が上昇し、発火はしなかったが発煙した。そうした中で、Li-SPAN電池がセ氏40度未満のままだったのは出色の結果で、「高い発火安全性が示された」(撹上氏)という。
エネルギー密度が高くてもリスクは高まらない
ADEKAはその要因も解析した。NCMなどの酸化物正極材料は、釘刺し時にOやO2が発生し、それが温度上昇や発火につながる。その際の「発熱エネルギー」は1248J/gと計算できるという。一方、SPAN正極にはOやO2が含まれていない。発熱エネルギーは78J/gとNCM正極に比べて非常に小さい。
さらにADEKAは、SPANのSの含有率を低いものから高いものまで造り分け、それぞれで釘刺し試験を実施した。それらの発熱はいずれもセ氏40度未満だった。
これまで一般には、高いエネルギー密度の電池ほど発火のリスクも高まると考えられていたが、Li-SPAN電池ではそれが必ずしも当てはまらないようだ。
(1)の803Wh/kgという値も含め、高エネルギー密度のLi-SPAN電池を実用化していく上で、今回の結果は多少なりとも勇気づけられるものになったといえる。